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ウニの話をしていた。「雲丹」と字を示すと、Po氏が「ワンタン?」と聞き返してくる。いや、棘があって中に黄色い身があって・・・。「あぁ、それは海膽だ」。なるほど、海の膽か。なるほど。確か、備瀬は目の前が海であり、そこにいるガンガゼかなにかの話をしていた時のことであったか。

9月23日。まだぐったりが抜けない。
その日は特別に小百合先生の琉球舞踊講習に大介先生も来てくださることとなり、私は再び三線の手ほどきを受けることのできる機会になっていた。体力的に弱ってもいたのでこれは好都合のように思われたが、しかし集中力と体力というものは不可分のところがあるものだ。

先の稽古で習った≪マミドーマ≫の復習である。これに初心者が三線の手を付けることの難しさをいかに解消できるか。大介先生はその日のプログラムを聞かされていなくっても手数を少なくする工夫をその場で凝らしてくださる。当然ながらしっかりと音楽が身に沁みついておいでなのだ。

私:先生、私はどうも慣れないためにこの日中が暑くてかないません。昨日もちょっとダウンしてしまいまして。
大介先生:いや、沖縄の人は暑い時期は日中外に出ませんよ。出て歩くのは観光客くらいのものですよ。倒れます。あ、ちょっとすいません、電話が。。。

先生はご苦労なさってきているのだと思う。気遣いの自然な男前だ。そして私は無駄話の多い・・・あれ、男前の対義語はいったいなんといったものであろうか。うむ、とりあえずはおっちょこちょいとしておくか。

そんな微熱の残っている風のおっちょこちょいと男前との向こうでは、小百合先生がまた心遣いをしてくださり、私以外の踊りの受講生に琉球舞踊の衣装を着せてくださっている。

Po氏は王族風の衣装を身にまとっている。男性でも巾のある帯を巻き、しかも非常に長い。結び方もたっぷりとしたまとめ方となっている。この長い帯にはなんでも刃物から腹部を守るような具合になっているとの説があるそうだ。そしてPo氏になかなかこの衣装が似合っている。

一方、緒方氏やWei師傅はそれぞれ紅型を着せてもらっていた。女性の衣装ではあるが、あの中秋の宴で拝見した≪諸屯≫の宮城能鳳氏のように、男性が女性の心情をじっくりと現す妙味があることを知り、Wei師傅もその仕上がりにはご満悦の様子であった。何しろ紅型そのものが目に綾と映るものである。クリーニングに出さなくてはならない労をいとわぬ小百合先生を、私は「琉球美人」以外の何をもって表したらいいものか・・・と、衣装から落ちたクリーニングのタグを拾いながら思ったものである。

歌三線と踊りを合わせて、今回の講習の総仕上げとする。私は大介先生にすがるようにして地方を。小百合先生より踊りも習ったのだが、年齢によるものか、それともこれまで取り組んできた物事の差異の表れなのか、なかなか振付が覚えられない。それに引き換え、メンバー3名の飲み込みは早い。加えて私は姿勢が悪いためもあって、それを意識しようとすればするほど変なところに力が入るようである。
≪かぎ(じ)ゃで風≫は一曲のほとんどにわたって、脇に卵を一個挟んだ感覚を維持したまま、左腕を下から45度ほどのところで固定し続ける。これは積年の労苦をも表すものである・・・とは小百合先生の言だ。そして後半に一度その左腕を挙げる場面が訪れる。耐え忍んだ末の喜びを表すのに、花の咲くのをかたどった振りとなっている。祝福を示す一曲の流れはある王子の王位継承にまつわる物語とともにあるのだそうだ。かの左腕を動かすその一手は、当曲中もっとも喜びにあふれた場面を演出する振りとなっているのである。それにしても、この演出を演出たらしめるまでの道のりはなかなかおさえがたい。私の左腕はこらえ性がなく、気が付くとポジションが変わっている。そしてこっちを意識すればあっちが疎かといった具合だ。最終的には、扇を構えた私の入退場のすり足は、なにかショッピング・カートを押すご老人のそれのようであり、録画してもらったものを確認すると、この場面に至って緒方氏の手元はクスクスといった鼻息とも声ともつかない音声とともに震えていた。

小百合先生は目を輝かせて「レモンさんの新しい踊りにしましょう!」といたずらっぽく微笑む。沖縄美人の言葉には素直に従うよりほかない。とはいえ基礎からはすっかりとずれているので意味やその活用の道を考えがたくもある。それにしてもこの身振りがごくまじめに取り組んだ結果であり、その無自覚であったところがより仲間内の笑いをそそったらしい。おいしいと思った私は、その後も折々、メンバーの前でこの身振りをした。とはいえ、このショッピング・カートが何かしらの批判性を持ったものとしてシーンに活用され、私たちのクリエイション発表の中にと組み込まれる・・・ということはついになかった。私の身振りは香港チームの考える作品作りにとってはどこかずれたものであったたのだろう。


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